2017 / 08
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いやぁ~~、今日はいいものを見させてもらった。

昨日、実家の義姉から突然電話があり
「明日の昼空いてる?」と聞かれた。
「うん。空いてるよ」
「あのね、『おくりびと』の原作者の講演会があるんだけど、
1人都合で行けなくなって、チケットが1枚余ってるんよ。
じゃいこちゃん、行く?」
「おおおお!すごいじゃん!私でいいの?」
「うんうん♪」

てなわけで、義姉と母と私と3人で講演会に行ってきた。

13時開場、13時半開演の講演会だったが、
義姉は11時過ぎに迎えに来てくれた。
どうやらこの講演会の主催は、うちの区の仏教婦人会のようで、
観客はばーさんじーさんがほとんど。
年寄りは、やたら早くに会場に行きたがる。
だから、早く行かないと駐車場がなくなる・・・汗

11時半ぐらいについたけど、すでに車がかなーーーーりきていた。
まあ、停めれたから良かったけどね^^

その会場の最上階のレストランで昼食をとり
(ここも、既に講演会を見に来たじじばばでいっぱい)、
12時半前にホールに行ったのだが・・・
開場30分前だというのに長蛇の列。
さすがじじばば!
もうちょっと後で並ぼうかぁって言っていたけれど、
13時ちょっと前の時点で、その長蛇の列は、2階のホール前から
階段につづき、一階のホールもまだ続き、外まで繋がっていた!!!
アイドルのコンサートですか~~~?!

さてさて、無事席に着くことは出来た♪

最初は、仏教賛歌中心の合唱グループの演奏会だった。
龍谷大学や京都女子大などで、仏教賛歌を歌ってきた
人たちのグループで、
特に、男声には惚れ惚れした。
まじで龍大のグリーは上手いしねぇ~~!
ちょっと女声、特にソプラノは弱かったなぁ・・・・
いや、すっごい綺麗な声なんだけどね。
がんばらず、そっと出す声なんよね。

休憩時間に義姉とソプラノ談義。
「もしかしたら、指導者の指示かもしれんね。
ソプラノがキンキン出たら、仏教賛歌のイメージが崩れるとか」
「まあ、確かに綺麗ではあったけどねぇ。
私には絶対真似できん声だわ」
「私も駄目。ソプラノ声張り上げてなんぼみたいな(笑)」

義姉も大学の時に合唱部に入っていたので、
そんな会話が出来て楽しい^^

休憩を挟んで、ちょこっと詩の朗読があり、
その後、おくりびとの原作者の講演が始まった。


この方、「青木新門」さんという。72歳だが、そんな歳は全く感じさせない、
見た目も喋り方も若々しい方だった。

『おくりびとの原作者』というのは、正しくない。

元々青木さんが書いたのは『納棺夫日記』というもので、
もっくんが、その本にいたく感銘を受け、
是非映画化したいと青木さんに直談判したのだ。

それからもっくんはずっと、この納棺夫日記で映画を作ってくれる
監督と脚本家を探し回っていて、
ようやく見つけてできた脚本を
青木さん本人が見たところ、原作と随分違うので、
最初は訂正を求めた。

が、脚本家は、これは直せない、もうこれで撮影が始まるというので、
だったら、これは自分の『納棺夫日記』ではないから、
タイトルも変えて、全く別ものの作品として作ってくれと言ったそうだ。

それで、『おくりびと』となったらしい。

青木さんの話は、己の汚い部分をさらけ出しながら、
「納棺夫」になったいきさつを面白おかしく語ってくれたのだが、
実に深い話だった。

早稲田大学を中退(この理由も結構おもろかったが)後、
店を自分で出し、そこにたまたま来た作家さんに声をかけられ、
小説を書いたところ、賞賛され、作家の道を志した時に、
店が倒産。
妻とケンカをしていてたまたま目にとまった求人欄の会社に
バイトとして行ったら、そこは、富山で初めての葬祭場だった。

最初は客もいなくて、ただ棺桶ばかり作っていて、
棺桶ばかり増えるから、仕事をとってくるってな感じだったようだ。

その当時、自宅死が半数以上(つまり病院ではないってこと)。
死者の身なりを整えるのは、全て親族がしていたそうだ。

人間は死後、色んな穴から色んな液が出てくるらしい。
血が出てきたりよだれが出てきたり・・・
それで親族といえど、汚いものを扱うようにする人もいるし、
あたふたあたふたする人もいる。

そんな時に、何件もその現場を見ている青木さんが、
ちょこっと口を出したら、
「そうやって口を出すならお前も手伝え」って事になり、
手伝ってたら、いつの間にか親族が周りにだーれもいなくなり、
自分1人がやっていた(笑)。

一度それをやったことで、「あそこの葬儀屋は死人の身づくろいをしてくれるらしい」
みたいなウワサが流れ、
いつの間にか青木さんは、それ専門の人になってしまったのだそうだ。

「納棺夫」という言葉は、辞書には載っていない。
周りの人たちが青木さんの事を「納棺夫」と勝手に呼ぶようになったらしい(笑)。

最初は、そうやって汚物や血なんかをふき取ったりしないといけないので、
汚れてもいい格好でやっていたらしい。
そして、自分自身も、その仕事に誇りなど全くもっていなかった。

青木さんは、元々大地主の本家の血を引いていて、
分家の叔父が、なんとか立派に育てようと必死になっていたのだが、
納棺夫をやっているという事を聞きつけ、
「親族の恥」と青木さんをののしり、勘当を言い渡した。
それから、人の目を避けて生活するようになり、
もうこんな職辞めてやると、決意する。

ところが、辞表を出そうと思った日の仕事が、
大学時代の恋人の実家だった。

元カノのお父さんが亡くなられ、
そのご遺体を清めているときに、
そっと傍らに、その元カノがやってきて、
青木さんから滴り落ちる額の汗を何度もふき取ってくれたのだそうだ。
人目もはばからずそういう行動を取った元カノ。
別に青木さんに未練があったとか、そういうのではない。
大好きだったお父さんの遺体を清めるその姿を、
汚いなどとは思っていない、むしろ、その姿を認めてくれる、
感謝している、そういう目だったと、青木さんは言う。

その日から、青木さんは、汚い服をやめ、
上から下まで真っ白な服で仕事をするようになった。

そうすると、周りの目も変わってきた。
蔑んでいた人たちが、逆に崇めるようになってきた。

だが、それでもまだ、差別はあった。
妻が、子供が幼稚園に入る前に辞めてくれと頼んだ。
幼稚園で虐められては困るからだ。

しかしこれを辞めるとくいぶちがない。
そこで、また小説を書いて、かつてお世話になった人に送るが、
「昔は才能があると思ったが、この作品じゃだめだ」と即答。
原稿を全て破り捨てて、作家の道をあきらめる。

さて、納棺夫はどうしようか・・・
常に辞表を持っていて、いつだそうかいつ出そうかと悩んでいる時に、
「親族の恥」と言って勘当された叔父が危篤との知らせを受ける。
(正直「ざまぁみろ」と思ったらしい・・・(笑))

意識不明ということで、罵声を浴びせられる事もないだろうということで
(ひでぇww)、見舞いに行ったところ、
丁度意識を回復したらしい(会場大爆笑)。
しかし叔父は、青木さんの手をにぎり、
「ありがとう」と言ったそうだ。
その時、青木さんの目から涙がとめどなく流れたそうだ。

青木さんが帰ったその日に叔父は亡くなる。

叔父の死をきっかけに、
青木さんは、ご遺体の顔をまじまじと見るようになったそうだ。
これまでも、綺麗にするのだから見ていたのだが、
仕事と思って見ていて、実際のところ、その表情とか考えてみていなかったそうだ。

で、まじまじと見ると、ご遺体は、とても綺麗な顔をしているのだそうだ。

人間、死ぬ時は、本当に安らかないい顔をするらしい。
ほんとか嘘か知らないけれど、
その後に死後硬直が始まるのだが、
死ぬことに悔いを残して死んでいった人は、
形状記憶シャツのように、未練たっぷりの顔に戻っていき、
人生を生き切った人や、死を受け入れた人は、
2日たっても、安らかな綺麗な顔のままなのだそうだ。

その死の直後に出会わせてもらえる納棺夫を誇りに思い、
これからお浄土へ行く人のために、誠心誠意仕事をするようになったそうだ。

かなり長文だが、これでも随分かいつまんでる(爆)。

青木さんの生まれ育った富山県は、
85%が浄土真宗で、仏教=浄土真宗という観念でいて、
青木さん自身も、常に親鸞の思想というものがあったので、
結果、この納棺夫という仕事を最終的に誇りに思えるようになったのだろう。

『おくりびと』を、自分の原作と認めなかったというのが、
映画の舞台が浄土真宗で占められた富山ではなく、真言宗の多い山形だということ
(「南極でパンダは産まれないんですよ。だから舞台が違ってはいけないんですよ」って
おっしゃって大爆笑)、
それゆえ、親鸞の思想が全く反映されていなかったことを理由にあげていた。


このほかにも、すごいいい話をしてくれたのだが、
宗教色濃くなるので、このへんでやめておこう・・・

講演が終わった後、
義姉は休憩時間に購入した青木さんの本に、サインをもらいに行った。

ビンボー人じゃいこは、その本を貸してもらう予定(笑)。


【】
★memeさん:
私も初めて知りました~~♪
決して『おくりびと』を否定しているのではなく、
映画自体は、本当に素晴らしくて、
特に、俳優の力は凄いと、
褒めちぎっていらっしゃったけれど、
それでもやはりあれは「納棺夫日記」ではないと
おっしゃってましたねぇ。
ほんと、いい講演会でした^^
【】
おくりびと、見たよ~
そういう、経緯があったんだw初めて知った・・・w
いい映画だった、笑いあり、しみじみするところあり、考えさせられるところありで、よかったよ~
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